文教育学部長水野勲先生から、文教育学部1号館改修工事に向けての思いと、卒業生への寄附のお願いが寄せられました。みなさまのご協力をよろしくお願いいたします。

水野 勲(文教育学部長、経済地理学)

教育学部1号館は、オイルショック前年の1972年3月31日に竣工されました。それからちょうど50年がたち、2年間の全面改修の工事に入っています。全面改修とは、鉄筋の建物の構造部分を除いて、その他を一新する工事だそうです。卒業生の皆さんは、何かの機会に(たとえば、2年に1回開かれるホームカミングデイで)文教育学部1号館を訪れたとして、改修された建物のどこにまず向かいますか。所属した学科・コースの事務室、あるいは指導教員の先生の研究室、よく授業で使った演習室、図書室でしょうか。しかし、それらの部屋は、改修後にそうした名前の部屋はあるものの、それらはかつてのものとは別の配置、別の内装になっています。どうすれば、ホームカミングの感覚を取り戻せるでしょうか。私の考えでは、動く「場所」としての教員、建物で意図せず残った「遊び」の部分、備品類を通じた卒業生と在校生の「物語」ではないかと思います。

教員たちは、自分の研究室を居場所として、多くの、活発で、よく勉強をする何代もの学生たちと専門の話をして、知的な喜びを感じてきました。教室でいっしょに過ごす学生たちはメンバーが数年で入れ替わりますが、集団としてはいつも同じ年代の女性たちがそこにいて、教員だけがこの建物と共に年齢を重ねたといえます。つまり、このコンクリートとステンレスの材質でできた機能的な建物で歴史を刻むのは、教員そのものかもしれません。社会生活上でポストとは、職業上のある地位、役職をいいますが、同時に、親しい人への郵便を集める「場所」でもあります。したがって、建物が改修されて新しくなっても、教員がそのときにいる場所(たとえば研究室)がポストとなり、そこを目指して学生たちが集まれば、本学での学生生活の経験を思い出すことができるはずです。

 いつもそこにある文1横の階段 写真1

改修される前の文教育学部1号館の一部を、写真に撮りました。写真1は、本館から文教育学部1号館、共通講義棟に向かう時の階段です。このような階段(5mほどの落差)はキャンパス内に7か所ほどあります。戦前までの地形図を見るとわかりますが、もともと春日通りから正門を入って「低い面」がキャンパス内の建物の中心で、それより西側の「高い面」は開発が進んでいませんでした。「高い面」にある文教育学部棟、共通講義棟、図書館は、南門から見て直交するグリッドの中に配置されています。この「低い面」と「高い面」の境界部分にある階段(あるいは坂)は、本学が関東大震災後に大塚に引っ越してきてからずっと存在し、歴史を刻んでいます。文教育学部1号館が改修されても、「低い面」には大きな樹々が落ち着きを見せ、「高い面」には花々や蔦が迎えてくれるでしょう。

 耐震工事後の文1前面(ファサード) 写真2

写真2は、南門を入って文教育学部1号館の前面(ファサード)を撮ったものです。この改修工事は2008年度に行われ、1階エントランス部分を2か所鉄筋で補強し、各階の図書室の周囲も鉄筋を追加し、窓側に斜交い(はすかい)をたくさん入れました。この工事で、1階のエレベータホール、各階の学生控え室、図書室が穴倉のようになり、建物のファサードが剛健になりました。建物の外観はいくらか理工系の建物のようになりましたが、2011年3月11日の東日本大震災のときには、耐震補強の効果があってか、3分間も続いた強い揺れでも倒壊せずにすみました。しかし、建物の内部では、壁にひび割れが起き、部屋内部の書棚の転倒防止のための応急工事が行われ、鉄筋コンクリートの建物の劣化が誰の目にも明らかになりました。今回の全面改修工事では、前面の斜交いや堅固なエントランスや図書室の構造部分はそのまま残されるため、東日本大震災の後のこの建物で過ごした卒業生には、記憶を呼び起こすきっかけがそこにあります。

 3階講義室テラスへの横階段 写真3

写真3は、直接3階のテラスに行ける外階段です。このテラスは、文教育学部1号館のデザインでひとつのアクセントとなっており(耐震工事で補強された斜交いも、もうひとつのアクセントになっていますが)、しかも講義中に大地震や火災が発生しても、四方向に外に出られる構造です。防災訓練の際には、はしご車やオリローの訓練の格好の場所として、このテラスと外階段付近が使われてきたことを記憶する卒業生も多いことでしょう。しかし、2003年からの国立大学法人化(いわゆる民営化)によって、毎夜、各階の部屋を見回るガードマンが大学専属の職員ではなくなり、この結果、防犯上の目的からテラスに上がる外階段が鍵で閉められてしまいました。全面改修後にも、このテラスと外階段は、安全の機能とは別の「遊び」として継承され、1972年以来の建物の歴史の随伴者になります。

最後に、教員と卒業生、在校生をつなぐ備品類の物語です。各コースの図書室に蓄積されてきた貴重な図書の集積と、そこから醸し出される落ち着いた時間の経験は、在校生が卒業生と想像的につながる瞬間と言えます。また研究室の書棚、机、椅子などは、歴代のゼミ生がそこで知的、人間的な交流を行った場所の記憶を残していますが、年度の違うゼミ生どうしはそのつながりを意識していないかもしれません。今回の全面改修工事では、国の予算はまさに建物の工事費にしか支出されず、教室の机や椅子、そして図書室や研究室の書棚、学生控室のロッカーなどは、数十年前からの古いものをそのまま使うしかない状態にあります。木でできた書棚やテーブルならば、それらを利用した卒業生の手触りが感じられますが、残念ながら、ステンレス製の机や書棚では、古さは錆や瑕としてしか感じられません。

ここからがお願いとなります。もし卒業生の皆さんのご寄附により、卒業生と在校生を共通してつなぐ大事な備品類を購入できるなら、これからの在校生は、新調された備品類に埋め込まれた卒業生からのプレゼントの物語を知り、新たな感動の中で文教育学部での学生生活の経験を重ねていくと思います。卒業生の皆さんにとっても、その備品たちは、指導教員が今、そこにいる「場所」や、改修後にも残された建物の「遊び」と共に、ホームカミングの感覚を喚起する「物語」になると私は信じています。